労務管理コラム

雇用契約書と労働条件通知書の違いとポイントを徹底解説

2024.07.31

雇用契約書と労働条件通知書の違いとポイントを徹底解説

雇用契約書と労働条件通知書の違いをご存じでしょうか?両方とも労務担当であればよく使う言葉ですが、なんとなく使っている人も多いのではないかと思います。実は、これらの用語にはそれぞれ法的な意味と違いがあります。今回のコラムでは、雇用契約書と労働条件通知書の違い、使い分けるポイントなどについて詳しく解説していきたいと思います。

雇用契約書とは?役割や必要性を解説

そもそも雇用契約とは何か

雇用契約とは、民法623条によって「雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。」と定められた民事上の契約です。
 簡単にいえば、労働者は「働くこと」会社は「賃金を支払うこと」について合意するという契約です。そして、雇用契約については民法上、当時者の合意のみで成立するものとされております(諾成契約といいます)。

ここで重要なことは雇用契約は「口頭でも成立してしまう」ということです。

この認識は今回のコラムのテーマを考える上で非常に重要なポイントとなります。ひとことで雇用契約といっても、その内容は「働くこと」と「賃金を支払うこと」だけではなく、勤務形態、休日、休暇、退職手続き、服務規律、時間外労働など、雇用契約に付随する細かい取り決めもしておかなければなりません。

口頭だけでは、のちに言った言わないの争いに発展してしまう可能性があるため、トラブル防止の観点から雇用契約に関する内容は、書面や電子などの方法によりエビデンスとして残しておく「実務上の必要性」があるということになります。

こうした観点から、労働契約法の第4条(労働契約の内容の理解の促進)2項では、「労働者及び使用者は、労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について、できる限り書面により確認するものとする。」と定めています。

つまり、雇用契約書は法律上、義務ではないものの、書面による労使の相互理解促進を求めているということになります。

労働条件通知書とは?役割や必要性を解説

そもそも労働条件通知書とは何か

労働条件通知書とは、雇用主が労働者を採用する際に「労働条件の明示」をするために交付する文書です。例えば、従業員を新規雇用する際に、「契約期間や更新の有無」「就業場所や業務内容」などを明示するために用います。

この文書は、雇用契約書と異なり、法律上、文書で明示する義務があります。

この法律は、労働基準法第15条(労働条件の明示)に関する定めです。この条文では、「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない」、と定めています。「厚生労働省令で定める方法」というのが、文書交付ということになります。

なお、平成31年(西暦2019年)4⽉1⽇からは、労働者が希望した場合に限り、FAXや電子メール、SNS等でも明示できるようになりました。

雇用契約書と労働条件通知書の違いは何か

雇用主側における作成義務の違い

雇用契約書については、雇用主(使用者)側に作成義務はありません。但し、前述の通り、実務上の必要性があること、労働契約法第4条により推奨されていること、などから企業としては作成のうえ締結しておくべき大事な契約書類という位置づけになります。

一方、労働条件通知書は、労働基準法第15条による作成して交付する義務があります。こちらは義務なので必ずやっておく必要があります。

但し、交付義務なので使用者が一方的に作成して文書交付するだけでも、労働基準法上の義務は果たしていることになります。

雇用契約書と労働条件通知書の記載項目の違い

雇用契約書については、作成義務がないため、記載項目の制限もありません。また、契約内容は事業主と労働者の合意により任意に決定します。

なお、任意といっても法律を下回る定めはできません。もし、そのような定めをした場合は何らの手続きを経ることなく法律の水準まで引きあげられることになってます。(労働基準法第13条)

一方、労働条件通知書厚生労働省令(労働基準法施行規則)により具体的に記載事項が決まっています

記載事項のうち、どの会社も絶対に記載しなければならない事項を「絶対記載事項」、会社にルール(社内規定)がある場合に記載しなければならない事項を「相対記載事項」として整理すると以下の通りです。なお、相対記載事項は、会社にルールがない場合、記載は不要とされています。

絶対記載事項・・・記載必須

番号労働条件通知書 絶対記載事項
1-1労働契約の期間に関する事項
1-2有期労働契約を更新する場合の基準に関する事項((※)通算契約期間、又は有期労働契約の更新回数上限の定めがある場合には当該上限を含む。
1-3就業の場所及び従事すべき業務に関する事項((※)就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲を含む。
始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
賃金(退職手当及び第五号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
4-1退職に関する事項(解雇の事由を含む。)

  相対記載事項・・・定めがある場合は必須

番号労働条件通知書 相対記載事項
4-2退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及び第八条各号に掲げる賃金並びに最低賃金額に関する事項
労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
7安全及び衛生に関する事項
8職業訓練に関する事項
9災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
10表彰及び制裁に関する事項
11休職に関する事項

 上表のうち(※)の事項は、令和6年4月1日施行の労働基準法施行規則の改正によるものです。

表彰及び制裁に関する事項については、「制裁」が重要です。表彰についてはポジティブな要素なので法的な明示にする必要はあまり感じません。

一方で制裁については絶対に明示しておく必要があります。会社はこの記載が無いと原則として労働者のルール違反を処分することができません。何をもって処分するか?ということも、また労使で合意すべきルールのひとつなのです。

令和6年4月1日の改正詳細はこちらから↓


労働条件明示のルールが変わります~労働基準法施行規則等を一部改正する省令~(令和6年4月1日施行)

労働条件明示のルールが変わります~労働基準法施行規則等を一部改正する省令~(令和6年4月1日施行)の詳細ページです。

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署名や押印の有無

雇用契約書については、一般的な契約書と同様の取り扱いと考えます。合意形成のエビデンスとなるものであれば署名でも押印でも電子契約でも構いません。 

一方、労働条件通知書については、交付義務はありますが、締結義務はありません。通知書なのであくまでも通知することを目的としています。

但し、のちのち「受け取っていない」「見たことがない」というトラブルを避けるために、会社としては2部発行し、交付時に受領印を押捺して1部返却してもらうというのが通例です。 

雇用契約書と労働条件通知書は兼用可能か

結論からいうと雇用契約書と労働条件通知書の兼用は可能です。ここまでの話を整理すると下記になります。

雇用契約は合意さえあれば口頭でも成立する
雇用契約書の内容は合意により任意に決定可能(但し法律を下回ってはいけない)
雇用契約書はトラブル防止の観点で、合意に関するエビデンスを残した方がよい
労働条件通知書法的に書面での交付義務がある(一定の場合は電子交付可)
労働条件通知書の内容は労働基準法により具体的に決まっている
労働条件通知書の交付義務を果たしていることを証明するため、労働者に確認印をもらう

こうして整理すると、雇用契約書と労働条件通知書は法的な根拠や、意味合いに大きな違いはあるものの、結局のところ、

「労働条件通知書の要件」を満たす基準で、「雇用契約として締結」すれば良い

ということが分かります。むしろ、兼用することがもっとも合理的な対応ではないかと考えられます。

ちなみに、兼用時の書面タイトルは、雇用契約書でも労働条件通知書でも構いませんが、「雇用契約書兼労働条件通知書」というタイトルにして「兼用している」ということがはっきりわかるタイトルでもよいと思います。実際に弊社で活用する場合は「労働契約書(兼)労働条件通知書」というタイトルにしております。

雇用契約と労働契約という言葉も、少し混乱を招きそうですが、どちらも同じものです。雇用契約は民法上の文言、労働契約は労働法上の文言であり、法律の制定時期による違いだけで、法的な位置づけに違いはありません。 

雇用契約書を締結するタイミング

従業員を新規雇用するとき

従業員を新規に採用する場合は雇用契約書を作成し、締結します。このとき、労働条件通知書と兼用することで、書面をひとつにまとめることができます。なお、雇用契約として締結しておくべき内容は多岐にわたります。例えば、以下のような項目があります。

・入社時の提出書類
・試用期間
・ハラスメントの禁止
・服務規律
・休職の事由と期間
・復職の条件
・退職の手続き
・懲戒(制裁)処分理由と手続き
・解雇事由と手続き、など

これらをさらに細かく規定していくと、付属規程も含め、その内容は、膨大な量になります。このため、一般的には就業規則などの社内規程を作成し、主たる労働条件は雇用契約書に記載のうえ、その他は規程類の条文番号とタイトルを引用するという体裁をとるのが一般的です。

なお、労働基準法では、10人以上の事業所について就業規則の作成義務を課していますが、10人未満であっても作成することをおすすめします。

結局、その方が会社にとっても効率的ですし、労働者の理解も促進されるため、雇用契約時の説明が漏れていたといったトラブルもなく、スムーズな労務管理につながるからです。

有期雇用契約を更新するとき

有期雇用契約とは、事業主と労働者が期間を定めて労働契約を結ぶことです。有期雇用契約を短期かつ反復更新している上で、雇用契約書の更新管理が厳密に行われていない場合は、更新手続きが形骸化しているものとして、実質無期と評価されてしまう恐れがあります。このため更新の都度、雇用契約書を締結しておいた方がよいでしょう。

万が一、実質無期と評価された場合は、雇用契約期間の満了のみによる契約の終了は難しくなります。それでもなお、会社が強行した場合は、不当な雇止めになってしまう可能性がありますので注意が必要です。

有期契約社員の雇止めに関する記事ついてはこちら↓


パート社員の契約期間が満了したので辞めてもらおうと思ったら解雇だと言われてしまったのですが?|エスティワークス

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労働条件を変更するとき

労働条件の変更は、雇用の契約となりますので「雇用契約書の巻き直し(再締結)」となります。ここでいう労働条件の変更とは給与の変更や勤務時間の変更、役職の変更など、大小かかわらず従業員に影響を与えるすべての労働条件の変更を指します。 

なお、雇用契約の変更は、当事者間の合意によってなされるので、変更箇所に関する合意書を締結すれば足ります。必ずしも、変更の都度、雇用契約書の巻き直しが必須というわけではありません。

但し、合意書が変更箇所のみの場合、時間が経過すると差分管理が煩雑になっていくため、同一フォーマットの雇用契約書で巻き直しをおすすめします。

労働条件通知書を発行するタイミング

従業員を新規雇用するとき

労働基準法第15条では「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。」としており、新規雇用の場合は、法的な義務として労働条件通知書の発行が必要です。こちらも雇用契約書と兼用することで、書面をひとつにまとめることができます。

なお、労働基準法には労働条件の明示について「労働契約の締結に際し」と明文化されております。「入社後速やかに」ではないので注意が必要です。

よく、社内手続きが遅れて、入社後まもなく労働条件通知書を発行している会社がありますが、厳密には労働基準法違反となります。

必ず「労働契約の締結に際し」発行してください。実務的には、入社日当日中に実施すれば問題ないため、入社日より前、または入社日の当日中に労働条件通知書の交付を済ませておくことをお勧めします。

有期雇用契約を更新するとき

期間に定めのある雇用契約(有期雇用契約)を更新する際にも、雇用契約の再締結となりますので、労働条件通知書を発行する必要があります。このとき、次の雇用契約期間における労働条件が以前と異なる場合は、その条件を明確に記載し、労働者に通知する必要があります。なお、同条件での更新であっても、新たな期間で契約を締結することになるため、労働条件通知書を発行する必要性に変わりはありません。

無期転換申込権が発生する更新のタイミングごとに

無期転換申込権とは、原則として有期契約の従業員が5年を超えて労働契約が更新された場合に、無期契約へ転換を申し込む権利のことです。

無期転換申込権を持つ、有期契約労働者が使用者(企業)に対して無期転換の申込みをした場合、無期労働契約が成立します。使用者(企業)は断ることができません。

この際、無期転換後の労働条件を、労働条件通知書として発行する必要があります。

なお、有期労働契約を更新する場合は、無期転換申込権が発生する更新のタイミングごとに、労働条件通知書の発行が必要となります。

簡単にいえば「5年超で無期転換せず、有期契約でいることを労働者自ら選んだ労働者が、翌年の更新時に、心変わりして無期転換を申し込んだ場合」も「労働条件通知書の発行が必要」ということになります。

労働条件を変更するとき

労働基準法では、実は労働条件の変更時労働条件通知書を発行は求められていません

労働条件通知書の発行義務はあくまでも「労働契約の締結に際して」ということになります。(例えば、新規採用、定年再雇用、有期労働契約の更新など。)

但し、労働基準法では求められていないものの、前述したとおり労働条件の変更は、雇用契約の変更と同義なので「雇用契約書の巻き直し(再締結)」はしておいた方がよいでしょう。

「雇用契約書(兼)労働条件通知書」
労働契約書(兼)労働条件通知書」

などの名称で兼用しておけば、通知漏れを防止することがおすすめです。 

雇用契約書と労働条件通知書の発行方法の違いは?

雇用契約書の発行方法

雇用契約書については、書面での発行は任意です。書面で取り交わす目的はあくまでも労働条件のエビデンスを残すためということになります。

このため、電子的な契約ももちろん有効です。昨今では、大企業やITベンチャーを中心にクラウドタイプの電子契約サービスも増えてきました。また、他にもオールイン型(労務関連手続きパッケージ)の労務管理システムにも電子署名機能が実装されるようになっておきており、今後、ますます電子的な締結方法が増えていくものと考えられます。

但し、増加傾向にあるとはいえ、まだまだ電子契約化が進んでいない会社はたくさんあります。

労働条件のエビデンスを残すということは、極めて重要な対応であり、すべての会社に必要なことです。

このため、電子化が進んでいない会社は、確実に書面を発行して、物理的にファイリング(PDFでも可)しておくという方法が今なお有効であると考えます。

労働条件通知書の発行方法

一方、労働条件通知書については、労働基準法により、文書作成と交付義務が定められており、原則として書面での発行が必要となります。但し、一定の条件下で電子化での発行が認められております。

労働基準法では、長らく労働契約を締結する際の方法として、書面の交付を義務づけていましたが、平成31年(西暦2019年)4⽉1⽇から、労働者が希望した場合に限り、FAXや電子メール、SNS等でも明示できるようになりました。

その後、さらにコロナ渦によるテレワークの急増で、各企業とも積極的にDXを推進する流れとなり、バックオフィスのワークフローも、急速にオンライン化が進みました。

こうした社会的な背景から、労働条件通知書についても雇用契約書と兼用する形で電子化する会社が急激に増えております。

雇用契約書は紛争発生時の重要なエビデンス

特に、雇用契約書は、労使紛争における一番の争点となる重要なエビデンスです。紛争の争点としては

①採用時の雇用契約書の締結漏れ
実態と異なる労働条件の記載
重要な労働条件の書き忘れ
法的に効力のない書き方(例 定額残業の表記方法の誤り)
日付の入れ忘れ
有期契約更新時の再締結漏れ、など

さまざまなことが問題となりえます。

このため、我々が労務DD(デューデリジェンス)や、労使紛争発生時にアドバイスを行う際にも、最初に確認させていただく書類でもあります。

現在はさまざまなひな形がネット上で手に入りますが、それらを利用する場合には必ず内容をチェックして「労働条件通知書」としてだけではなく「雇用契約書」として十分であるか否かを確認するようにしましょう。

内容だけではなく締結方法やタイミングも、法的効果に影響します。運用方法については労務管理に関する専門家である社労士や弁護士のアドバイスを得ながら、正確な手続きができるよう心掛けましょう。

雇用契約書と労働条件通知書は正確な手続きを

雇用契約書と労働条件通知書の違い、使い分けるポイントなどについてご理解いただけたでしょうか?

これらの違いをよく理解したうえで、様式を兼用するのと、よくわからないまま兼用しているのとでは、労務トラブルの発生頻度は大きく異なってきます。

違いをよく理解したうえで、過不足なく労働条件を記載して兼用することで、労使双方が効率的で納得のいく運用ができるはずです。

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佐藤 貴則

この記事を書いた人

佐藤 貴則

株式会社エスティワークス 代表・特定社会保険労務士
明治大学卒業後、上場メーカーにて勤務。 最前線において管理職(ライン課長、プロジェクトマネージャー等)を歴任し、現場のマネジメントにあたる。平成16年に社会保険労務士資格を取得。その後、独立して株式会社エスティワークスを設立。平成18年に新たに開始された特定社会保険労務士制度 第1期合格のうえ付記。中小企業を中心に社内規程の整備、労務管理のコンサルティングを行う。 また、IPO(上場)労務分野に強みを持ち、これまでに大手アパレルEC系ベンチャー、AIベンチャーなど日本を代表する30社以上のベンチャー企業のIPO(上場)支援実績がある。