労働法改正情報
【1】概要
令和5年10月より、厚生労働省は「年収の壁・支援強化パッケージ」の取り組みを開始しました。
2024年2月7日公開のコラムにて「130万円の壁への対応」についてご紹介いたしましたが、今回は「106万円の壁への対応」についてご紹介いたします。
【2】「年収の壁・支援強化パッケージ」とは
厚生年金保険及び健康保険においては、会社員の配偶者等で一定の収入がない方は、被扶養者として保険料の負担が発生しません。こうした方の収入が増加した場合、以下のいずれかの形で、被扶養者でなくなり、社会保険料の負担が発生することとなります。
・厚生年金保険の被保険者数が常時101人以上の事業所で働く短時間労働者などの場合は、年収106万円以上となり、厚生年金保険・健康保険に加入する ・厚生年金保険の被保険者数が常時100人以下の事業所で働く短時間労働者などの場合は、年収130万円以上となり、国民年金・国民健康保険に加入する |
保険料負担が生じると、その分手取り収入が減少するため、これを回避する目的で就業調整する労働者がいます。こうした労働者が意識している収入基準(年収換算で106万円や130万円)がいわゆる「年収の壁」(「106万円の壁」や「130万円の壁」)と呼ばれています。
保険料負担に伴う手取り収入の減少を意識して一定の収入を超えないように就業調整を行う、いわゆる「年収の壁」への対応に当たっては、社会全体で労働力を確保するとともに、労働者自身も希望どおり働くことのできる環境づくりが重要です。こうした環境づくりを後押しするため、当面の対応策として「年収の壁・支援強化パッケージ」が策定されました。
【3】キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)
令和5年10月20日から、「年収の壁」に対応するためのキャリアアップ助成金の手続きが開始されました。
10月1日以降、事業主が労働者を新たに社会保険に加入させた場合、労働者1人あたり最大50万円を助成する内容となります。
社会保険適用時処遇改善コースには、主に下記の3つのメニューがあります。
(1) 手当等支給メニュー |
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事業主が労働者に社会保険を適用させる際に、後述する「社会保険適用促進手当」の支給等により労働者の収入を増加させる場合に助成します。 1、2年目は15%以上の増額、3年目は18%以上の増額が必要となります。 労働者1人あたり中小企業で最大50万円(大企業の場合は37.5万円)を支給します。 |
(2)労働時間延長メニュー |
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所定労働時間の延長により社会保険を適用させる場合に事業主に対して助成を行うものです。 |
(3)併用メニュー |
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1年目では「社会保険適用促進手当」の支給等により労働者の収入を増加させ、2年目では所定労働時間の延長により賃金の増額を行った事業主に対して助成を行うものです。 |
キャリアアップ助成金を活用するには、まずキャリアアップ計画を管轄労働局に提出することとなりますが、令和5年12月末時点で、1,718件のキャリアアップ計画届が受理されています。
【4】社会保険適用促進手当
労働者の給与が増額したり、所定労働時間が長くなることによって、社会保険の適用対象者となる場合があります。
この時、給与は増額するものの、社会保険に入ることにより給与から社会保険料が控除され、結果として手取り収入が変わらない・あるいは減額してしまう、という可能性があります。
これにより、社会保険に加入しなくてよいよう、労働時間を調整して働き控えをする労働者が一定数いると考えられています。「社会保険適用促進手当」は、この解決のために考えられた仕組みとなります。
「社会保険適用促進手当」とは、短時間労働者への社会保険の適用を促進するため、労働者が社会保険に加入するにあたり、事業主が労働者の保険料負担を軽減するために支給するものです。
「社会保険適用促進手当」については、社会保険料負担の発生等による手取り収入の減少を理由として就業調整を行う者が一定程度存在するという、いわゆる「106万円の壁」の時限的な対応策として、臨時かつ特例的に労働者の保険料負担を軽減すべく支給されるものであることから、社会保険適用に伴い新たに発生した本人負担分の保険料相当額を上限として、保険料算定の基礎となる標準報酬月額・標準賞与額の算定に考慮しないこととされました。
これにより、手取り収入を減らさずに社会保険に加入することができるようになります。
(厚生労働省パンフレットより抜粋)
「社会保険適用促進手当」は助成金と異なり、政府から労働者に支給されるものではありません。
あくまでも会社が労働者に対し、労働者の保険料負担を軽減するために会社の判断で支給を行うものとなります。
令和6年10月の社会保険適用拡大の対象となる会社や、パートタイマー労働者の労働時間調整に頭を抱えている会社にとっては、解決策の1つとなり得ます。
【5】実務のポイント
キャリアアップ助成金も、社会保険適用促進手当も、実際に導入を検討し始めると、さまざまな要件や制約があるため、厚生労働省が公表しているパンフレットやQ&A集を十分に確認したうえで対応することが必要となります。
まずは自社で社会保険未加入者がどれだけ在籍しているか、また年収の壁を理由として働き控えをしている方がいらっしゃるかなど、実態を確認・調査したうえで、自社であればどの制度のどのように活用するのがよいか、検討いただくとよいでしょう。
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この記事を書いた人
平成29年入社 早稲田大学卒 大学卒業後は、ブライダル関連の上場企業でサービス業に従事。その後、エスティワークスに参画し社会保険労務士の資格を取得。丁寧な業務遂行と持ち前のトーク力で多くのお客様の信頼を得ている。